| 県図 2008.1.14 |
いまに伝える農家のモノ・人の生活館 大館勝治・宮本八惠子著 2004 柏書房
岡本綺堂随筆集 千葉俊二編 岩波文庫
緑の影、白い鯨 レイ・ブラッドベリ 2007 筑摩書房
ブーヴィエの世界 ニコラ・ブーヴィエ 2007 みすず書房
勝つことのみが全である 宿沢広朗全戦全勝の哲学 永田洋光著 2007 ぴあ
小説の羅針盤 池澤夏樹 1995 新潮社
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| 市図&県図 2008.1.6 |
市図
枢密院議長の日記 佐野眞一
大使たち 上&下 ヘンリー・ジェイムス 岩波文庫
虚栄の市 サッカリー 岩波文庫
県図
ドキュメントゼロ金利 軽部謙介
世界のすべての七月 ティム・オフライエン
セイビング・ザ・サン ジリアン・テット
手からこころへ 辰巳芳子
考える人 坪内祐三
鉄の絆 阿南惟正
鶴見俊輔書評集成 3
プラトンの『国家』 サイモン・ブラックバーン
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| 本を通して出会うそれぞれの世界 |
毎日新聞の「今週の本棚」から、 いつしか、「本と出会うー批評と紹介」というサブタイトルが消えていましたね。 何故かは知りませんが、 この書評面を通して、様々なジャンルの世界で新たな出会いをしているのは、 確かです。 新聞のほかの紙面に負けないくらい新しいことを学びます。 試みに、2007年12月16日付を取り上げてみましょう。
「オン・ザ・ロード」 ここでは、新たに始まった池澤夏樹編集世界文学全集の第一巻に、 この作品が取り上げられた意味を掬い上げています。 文学が、今一度、もっと、力を放って欲しい、それを受けて欲しい、 という気持ちも伝わってくる。
「昭和十年代の陸軍と政治」 私たちの多くは学校で歴史を学び、それっきりになってしまう。 いつしか、定説に安座し満足してしまう。 でも、新聞の記事にはならないけれど、 新たな見方があることや、 これまでの見方の限界を、 こういう書評だけでも、確かに、教えてくれる。
「誠実という悪魔」 これは、上記の本と似たところはありますが、 それ以上に、時が経つことによる変貌をまざまざと感じさせる。 私が高校大学生の頃教師たちが「歴史とは何か」をよく薦めたものですが、 いつしか、多くの人から関心を持たれなくなっているように見受けられました。
「したたかな生命」 ヒトノゲム解析が話題になったのがついこの間のような気もしますが、 その手法の限界も見えてきたようで、 また、新しいアプローチが出てきていることが紹介されている。 最近のガンに対する人々の見方を裏付けているようで、 私もここで紹介されていることに頷けます。 そして、それが、他の分野でも見られることは、 おもしろいし、又、当然かなとも思えます。
「進化するミュージカル」 先に「ミュージカルが最高であった頃」という本が出ました。 直ぐに手が届かないものを次々と紹介されてもなぁ〜、 と拾い読みしながら思いましたが、 この本は、そういう渇きを癒してくれそう。 でもね、映画になったミュージカルはまだいいけれど、 そうでないミュージカルは、私のような難聴で貧乏な者には、 まだまだ、遠い世界のものでした。
「事件の年輪」 「どうでもいい」という言葉が孕むニュアンスには、 年齢に応じた微妙な違いがある。 そう教えられると、 小説の、時を隔てて読み返して耐えうる所以が分かりやすいですね。 人の心と言葉とのダンスのようです。
さて、次の書評で、 どんな世界に出会えるのか? そういう風に、毎週日曜日を楽しみにしています。
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| 新しい翻訳 |
新しい翻訳の恩恵をひしひしと感ずるこの頃ですが、 手放しで喜んでばかりいられないな、 と感じさせられたのが、 沼野充義さんによる亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」評で、 2007年7月29日付毎日新聞に掲載されています。
「私は以前の訳を四種類ほど引っ張り出して比べてみたが、 先人たちの訳業の立派さに改めて感嘆した。 問題は、…言語のカーニバルのような異様さがはたして翻訳で伝えられるかということだ。 少なくともそういった側面は、あまりに滑らかなリズムの新訳からは伝わってこない。」 「そもそも、読みやすい口語体が平板になりがちなのは、 現代の日本語自体が抱える貧しさの問題でもあるだろう」
新訳のいい面ばかりにとらわれていましたが、 言われてみると確かに、 現在の日本語では失われているものが多くあるな、 と思います。 そういう日本語に乗らねば出来ない新訳… ちょっと、つらいですね。
試みに、ちょっと昔の日本語を、 偶々傍らにある森 銑三さんの「古人往来」に見てみませう。 なにが書かれてあるかという事に劣らず、 著者の息遣いが感ぜられます。 いろいろな書き方がある中で、こういう書き方をしているんだ、 と思い知らされるのです。 今は、こういう含みのある書き方は、 読みづらいと敬遠されているようです。 今の言葉遣いに慣れた人が森 銑三さんの文章を読むと、 一読では分からないだろうし、 又、なぜそういう書き方をするのか、という所まで気が回らないでしょう。 こういう私でさえ、森 銑三さんの文章を読み出して、 読み進め出すまでにちょっと時間がかかります。 今の日本語の世界から抜け出すのに時間がかかるということですね。
こういう文章の行間に含まれる情感が確かに失われているのです。 今年私がいつになく古典を読み浸りたいと思う裏には、 今の日本の風潮から逃れたいという思いがあるのかもしれません。
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| 世代 |
新年三が日、落ち着いて本を読む間もなく終わろうとしている。 本が読めないから、溜めてある毎日新聞の「今週の本棚」を読む。 2007年12月23日付のトップは、 ヘンリー・ジェイムズの「大使たち」を若島正さんが評したもの。
「一語一句をゆるがせにしない訳者の誠実な態度には、 単に翻訳技術上の問題だけではなく、 一般読者にとっても教えられるところが多いはずだ」 そうか、十分読む価値ありそうだな、と腕を組みました。
「ストレイザーと同じ五十五歳である評者は、 ここでほんの少しだけ幸せな気分になり、 「私たちの友人」ストレイザーにこういうかたちで 花を持たせてくれた作者ジェイムズに感謝したくなるのだ」 クーッ、読みたい! 若島さん、またしても、罪なことをしてくれましたね。 ただでさえ読みたい本を抱えすぎて反省しているのに、 又又、読みたい本を増やしてくれる。
私ももう同じく55歳になっています。 これは、もう「今読まなければ…」と言われているのと一緒。 いつの年代でも、その年代で読んだら一番いい、という本があるのでしょうね。 さて、あなたは幾つで、どんな本があるのでしょう?
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