| ドレスデン |
2007.5.27付毎日新聞掲載 「この人・この3冊」は、 池澤夏樹さんが、 カート・ヴォネガットについて選んだもので、 「猫のゆりかご」「スローターハウス5」「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」などを紹介してある。 その文章で、カート・ヴォネガットが、 第二次世界大戦でのドレスデンの大空襲を捕虜として体験したと知る。
ドレスデンといえば、映画「ドレスデン、運命の日」の予告を見ました。 寡聞にして知らず、図書館で関連書を探すと、 「ドレスデン逍遥」 華麗な文化都市の破壊と再生の物語 川口マーン恵美著 2005 草思社 という本がある。
この町の歴史は奥行きがあり波乱に富んでいますが、 今の私には、なんといっても、 大空襲後のドレスデンの変転に目を瞠らされます。 とりわけ、巻末近くで紹介されている、 聖母教会の奇跡の復活は凄い! 大空襲だけでは片手落ちで、 是非にこの歴史物語を映像化してほしいと思う。 無論詳細なドキュメントとして知りたいのですが、やはり、 ドレスデンですから、あの風景とあそこでの実際のものの映像に敵う語り部はいないでしょう。
いろいろ思いながら、読んだり考えたりしているうちに、 行きたくなった… 当然ですよね?
|
| プークが丘の妖精パック |
キプリング 2007 光文社 光文社古典新訳文庫
イギリスの片田舎の春から冬にかけ、小さな兄妹の元へ 妖精パックが、古の人を伴ってやってきます。 そして、今住んでいるところがそのまま、歴史の舞台となり、 活き活きとしたお話が語られます。 そのお話は、歴史物語といっていいでしょう。 実に活き活きと眼前に、その様が思い浮かべられます。
言葉の響きもいいし、お話もダイナミックだし、 この作品のバックグランドが又秀逸だと思われます。 イギリスの歴史や昔の人の気風が描き出されている。
読み終える前から、英語でこれを読むイギリスの幼い少年少女たちがとても羨ましく思えました。
|
| チャーリーとの旅 |
ジョン・スタインベック 2007 ポプラ社
竹内真という若い作家による新訳が出たのを機会に読みました。 出だしから、当てが一転二転とかわされて戸惑った前半の読書でしたが、お終い近くになって一気に引き込まれ、読み終えた後は、深い余韻の中に置き去りにされました。 あのスタインベックだからルポルタージュのような紀行文かと思いきや、読み出してみると、老境に差し掛かるも、今なお若き日から引きずって来た旅への憧れ止みがたく、愛犬と共に慎重に出立した旅日記のような印象でした。
新しい世界地図のアメリカ部分をなぞりながら、一緒に読む辺りは、人生経験を活かした分別のある、人との交流が微笑ましく、自分もこういう旅がしたいな、と思わせられます。作家ならではの描写と話の展開が巧いと感じる余裕もあります。 しかし、故郷のサリーナスのところから、一気に様相が変わり、あれよあれよという間に、社会派作家の面目躍如という感じで、人間とアメリカ社会とを鋭く描き出します。
ウム〜ゥ、一筋縄では行かない紀行文…と言っていいのか… 図書館での案内文「いまなお世界中の読者に愛される、旅文学の名作」というには、チョッと眉に唾を…
細やかな描写、鋭い人間性洞察、そして社会をどう見遣るかという姿勢、等で、さすがに「エデンの東」の作者ならではと思わせられるものがありました。
|
| 名詩名訳ものがたり |
副題が「異郷の調べ」となっているように、 海外の詩を巧く訳した詩について書かれた本で、 詩や訳の選択もいいし、 詩について思いっきり書かれてあるのも好ましい本です。
詩の翻訳について、 吉川幸次郎さんと大山定一さんとが「洛中書問」を書かれており、 その大山さんによるゲーテ「旅びとの夜の歌(二)」がこの本の200頁に載っています。 その解説や、良しとする。 忠実な訳もそれなりに評価すべきでしょうが、 一読し日本語の詩としても味わえる方が好ましいと思うのです。
ふと、映画「イン・ハー・シューズ」のカニグガムの詩を思い出す。 こちらにその一部を紹介しております。 http://kikimimizukin.at.webry.info/200511/article_18.html
ここでの二つの訳詩から受ける印象は全然違うでしょう?
日本語の詩としても優れている訳を選んだこの本は、 私的にお勧めです。
井伏鱒二の漢詩訳も入っているし、 西脇順三郎さんの訳も、大山定一山の訳も、 更には、呉茂一さんの訳業も取り上げられて、 それまでの類書とは違ったものになっていると思われます。
そんな中に、小川さんの「ルバイヤート」が入っている。 これはもう随分古く、その名だけは早くから知っているものの、いまだ読んだことがありません。 そうか、そんなにいいか? と「いつかは読もう」リストに入れました。
映画「イン・ハー・シューズ」で取り上げられていたのがアメリカ現代詩、という事で、 「アメリカ現代詩101人集」という本を見出して手にしました。 その訳はしっかりしているのでしょうが、 日本語として噛み砕かれているとは、 私にはまだ思われなくて、いつかもっといい訳詩が出ないものか、と望まれます。
今は、無いものねだりをするより、 「ルバイヤート」や日夏耿之介さんの訳業等をしっかり読むべきなのでしょうね。
|
| あの頃はもう歴史? |
近代日本の社会科学 −丸山真男と宇野弘蔵の射程 アンドリュー・E・バーシェイ著 伊東光晴評
これが、2007.5.13付毎日新聞に載っています。
山田盛太郎は、ちょっと古いのですが、 宇野弘蔵や内田義彦、平田清明、大塚久雄、丸山真男、 という名前は、大学生時にバリバリの同時代モノでした。 このように、彼等が外国人の研究の俎上にのった時代が、 眼前に展開されている様は、まるで、 もう自分が歴史の一部に入りつつあるような錯覚を覚えさせられます。
相変わらず、自分の不勉強で、こういうものをしっかり論評できないのは、 恥かしいというより、情けなくあります。 でも、そう捨てたもんじゃない、という救い上げを感じて ちょっぴり嬉しい気持ちも混じって、フ ク ザ ツ …
毎日新聞書評序でで一言。 先週その欄で評されていた沢木耕太郎さんの新刊「246」が、今週は週刊文春で評されています。 それぞれ、書き手側から見た評という事で、 文筆家にはいろいろ刺激的な作品のようですね。 この新刊とて、私から見れば、 日記が歴史と化しつつあるとして、始めて取り組めたものではないか、 と思います。 書く者と書かれるものとの距離で、作品の質感が定まっていく按配はなかなか興味深いものがある、ということですね。
|
| 西脇順三郎 |
みすず書房から出ている、シリーズ「大人の本棚」が、並みのシリーズではないと感じ入るのは、 庄野潤三著「ガンビア滞在記」の解説が坂西志保さんであるところなどです。 宮下志朗編訳「モンテーニュ エセー抄」が、白水社からの全訳に連なってもいますね。
そのシリーズで、「詩人たちの世紀」という新倉俊一さんの本が出ました。副題が、西脇順三郎とエズラ・パウンドで、ヘェ〜と思わず手にする。 プロローグで様々な文学者が交差する描写があり、引き込まれます。これは読めそう、と確信しましたが、返却日に押され、流されてしまい、そのまま過ぎてしまいました。
この本が「助走」となって、翌年新倉さんは「評伝 西脇順三郎」を上梓しています。この本の導入も巧い。 この二作、十二分に機が熟して、書かれたものと印象付けられました。
この他に、「幻想の人 西脇順三郎を語る」という本が、西脇順三郎を偲ぶ会編で、二冊出ており、これも読みやすく、馴染みやすいでしょう。 その初っ端の鍵谷幸信さんによれば、西脇順三郎の詩を一番読んだのは、西脇順三郎そのひとだそうです。 思わず、福原麟太郎さんさんの文章で読んだ河上徹太郎さんの話を思い出しました。河上さんの奥さんに拠れば、よく本を読んでいて何の本を読んでいるのか見ると自分の書いた本だったそうです。 これは、いいなぁ〜、と思う。 自分の作品でありながら、何度も読むに耐えうる、というのは、単なる作品ではなく、神様がその人を通して授けたもののようで、汲み切れないものがそこにあるようで、私にはちょっと羨ましい。 自分でも、自分が何度も読むに耐えうるものを書いてみたいと思う。翻って言えば、自分が読みたいものを自分で書ける、のですね。 他の人の文章を読んでいい、と思うものもあるけれど、やっぱり自分の文章がいい、というのは、その人に一番合うものがそこにあるからでしょう。 私もいつかそういうものが書けるかな? 私の場合は、読み返すと、書き直したくなるのです。 でも、西脇さんは「最後のところで満足そうに本を閉じられるんです」…
|
| フラナリー・オコナー |
「存在することの習慣」を読んでいると次第に、 オコナーへの関心が高まると同時に、 彼女のカトリックや著作に対する言及でついていけない思いをも、感じます。 皮肉も出てきますが、総体的には、 著述に対しての真摯な態度が感じられます。 殊に「A」という相手が登場してから、その色合いが強くなる。
関心が高まった所で、図書館にあるオコナーの本を手にして見ました。 「賢い血」がちくま文庫で1999年に、ほぼ30年ぶりに再刊されています。 処女短編集の「善人はなかなかいない」は、 その名で、1998年に筑摩から訳書が出ていたけれど、 その中身はといえば、最初と最後の二編が掲載されているだけでした。 全編そのまま読めるには、2003年に刊行された、 「フラナリー・オコナー全短篇上」を待たねばならなかったのですね。
「秘義と習俗」が春秋社から出ている以外、 今手に入る彼女の作品のほとんどが筑摩書房から出ています。 最後の長編小説「烈しく攻むる者はこれを奪う」は、昔新潮社から出て絶版になっており、復刊ドットコムにその名を見ることが出来ます。 それが再び出て、彼女の著作が大体出揃ったことになるのですね。
日本におけるフラナリー・オコナー文献書誌 という本も出ていました。 こういう本は索引が面白い。 意外な人の名前が載っているのです。 例えば、司馬遼太郎。 文献そのものにあたれば大したことはありませんでしたが… (二箇所出ていて、一つは雑誌掲載のもので、もう一つは単行本掲載のもの。内容は、同じものです。)
如何にも大江健三郎さんが好みそうな作家ですが、 私のような軟弱な読者には、相当手強い…
|
|
|
|