ききみみずきんと本と図書館と…
あなたが今読んでいる本と出会ったところは何処ですか?
県図 2007.4.29
慰安婦と戦場の性
秦郁彦
1999 新潮社

プークが丘の妖精パック
キプリング
2007 光文社
光文社古典新訳文庫

カブールの燕たち
ヤスミナ・カドラ
2007 早川書房

新ロビンソン物語
ヨアヒム・ハインリヒ・カンペ著
2006 鳥影社

仁科芳雄往復書簡集
 現代物理学の開拓
1 コペンハーゲン時代と理化学研究所・初期1919−1935
中野良平他編
2006 みすず書房

チャーリーとの旅
ジョン・スタインベック
2007 ポプラ社
図書館 2007.4 中〜下旬
宰相吉田茂
高坂 正尭
2006 中央公論新社 
中公クラシックス

小泉官邸秘録
飯島 勲
2006 日本経済新聞社

アレクサンドリア四重奏 1 ジュスティーヌ
ロレンス・ダレル
2007 河出書房新社

輸入学問の功罪
 この翻訳わかりますか?
鈴木 直
2007 筑摩書房
ちくま新書

黒猫 モルグ街の殺人 他6編
ポー 小川高義訳
2006 光文社
光文社古典新訳文庫

ちいさな王子
サン=テグジュペリ 野崎歓訳
2006 光文社 
光文社古典新訳文庫

分別と多感
ジェイン・オースティン 中野康司訳
2007 筑摩書房
ちくま文庫

石川淳評論選
菅野 昭正編
2007 筑摩書房
ちくま文庫

瀬古利彦マラソンの真髄
 世界をつかんだ男の“走りの哲学”
瀬古利彦
2006 ベースボール・マガジン社

インスパイリング骨格矯正エクササイズ
体の芯からダイエット
Micaco監修
2006 SDP

ここまでわかった「黄砂」の正体
 ミクロのダストから地球が見える
三上 正男著
2007 五月書房

パレオマニア
 大英博物館からの13の旅
池澤夏樹著
2004 集英社インターナショナル

存在することの習慣
 フラナリー・オコナー書簡集
サリー・フィッツジェラルド編
2007 筑摩書房

スピノザ エチカ抄
佐藤一郎編訳
2007 みすず書房
大人の本棚

再会の手帖
 また逢いたい男たち
関容子
2007 幻戯書房

松岡正剛千夜千冊
 2 猫と量子が見ている
2006 求竜堂



今週の本棚 2007.4.22
周恩来秘録
 −党機密文書は語る
高文謙著
文藝春秋

辻原登評

著者は十数年間、中国共産党の歴史を書く部門にいたが、
天門事件の際、季陵の禍に会い、アメリカに亡命した。
読みながら常に「史記」の世界が思い出される、志の高いこの書物の、
原題は「晩年周恩来」。
1932年の寧都会議の毛沢東の追放から、周恩来の死までを描く。
まず、強烈に立ち上ってくるのは毛沢東で、
やがて、周恩来が浮かび上がり、
時に容赦ない批判があるものの愛惜の情が全体に満ちた本だそうです。



劇的な精神分析入門
北山修著
みすず書房

田中優子評

自分で「本当」と思っている自分と、現実に合わせている自分。
その二重性こそが人間なのだ、と
劇場の楽屋と舞台という比喩で語っている。
その楽屋のありようが変わっていて、
舞台に出るために日々準備し、稽古し、観察し、
待ち、企画をしている場所なんだそうです。
それから、著者の臨床事例を紹介し、その患者のみならず、
著者自身の内面の過程をも描いている由。
治療とは、人間関係の演劇化(反復)との事。

高校生時代に、いろいろな面で感化を受けたフォーククルセダーズの一員として、
著者の名は、いまだに私の中にしっかりとある。



リヴァイアサン号殺人事件
アキレス将軍暗殺事件
ボリス・アクーニン著
岩波書店

富山太佳夫 評

そんなに褒めていいの?
と思わず問いそうになるほど、
富山さんにしてはぶっちぎりの賞賛です。
19世紀を舞台にしながら、
そこで描かれているものは、現在の文化状況の産物で、
それはそれは鮮やかなものらしい。
出版社名が、信じられない…ほどだ。



外交激変
 −元外務省事務次官 柳井俊二
五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行編
朝日新聞社

山内昌之 評

沖縄返還期以来、日本外交のいちばん困難な局面をほとんどすべて当事者として経験してきた人の回想録で、
遠慮なく複雑な思いを吐露し、
豪胆かつユーモアに富む人柄をかもし出しているようで、
読みたくなる。
日本の外交については失望させられる事が幾度かありましたが、
その舞台裏を、バランスよく述べているらしい。
無論、なにもかも率直に述べているのではなく、
様々な思いをそれに即して表現して、
この手の書物としては、なかなか類を見ないもののようだ。



ブラッサイ
 パリの越境者
今橋映子著
白水社

池澤夏樹 評

写真家ブラッサイの生涯を語るのに、
作品を生のままではなく象徴的に用いた伝記。
まずもって「夜のパリ」の写真家だったブラッサイは、
写真家に収まらず、別の様々な表現も試み、
いろいろなジャンルに関わっている。
「人は会わなければならない・人と人との出会いがかくも豊穣だった時期のパリを読者は
ブラッサイの背後に見る。
読み終えた時の彼の像は少し拡散的かもしれない。しかし、これほど多くの境界線を越えた男の後ろ姿がシャープな像を結ぶはずがないのだ」
池澤さんの文章は、紹介者泣かせで、容易に継ぎ接ぎさせてくれない。


砂漠化ってなんだろう
根本正之著
岩波ジュニア新書

海部宣男 評

土地の生産力を知り、それに合った長期的方針を考える。
それが、これからの農学者の世界的役割の一つである。
地道な農学研究者の、地球的視点に立った地道な報告。
そして、農学の研究はやはり大事なんだなあということを、
実感させてくれる。
ジュニア新書だけれども、大人として深読みできるものがあるようです。



番外編

「好きなもの」は松本幸四郎さん。
その中で、永井龍男さんと鎌倉でお隣同士だった由。
思わず、ヘェ〜と声が出てしまった。
こんな事ってあるんですね。
図書館はまちの真ん中
副題が、
静岡市立御幸町図書館の挑戦
で、その通りの内容です。

平成16年9月17日開設という出来立てほやほやのこの図書館は、
ビジネス支援サービスと多言語サービスとを前に打ち出した、
新しい図書館サービスにトライしています。
立地条件&併設施設だけでなく、その準備時期から新しい試みに満ち満ちている。
図書館サービスで、わが町の県立図書館に相通ずる所があり、興味津々で読みました。

地方財政が逼迫している上に、インターネットというインフラが出来た時代、
という状況の中で、公立図書館はどうなっていくのか?
私が学生時代に、公立図書館はブックモービルなどを前面に出して、図書館を住民の身近なものにしよう、という時代でありました。図書館の分館増加、本館拡充、そして貸し出し冊数の増加という形になって現れてきています。
しかし、この方向は、景気や地方財政の逆風に吹かれ、足踏み状態であるといっていいでしょう。不景気ゆえに貸し出し冊数が増えているやも知れませんが。
公立図書館の出資者は、県や市です。その地方行政が捻出する財を今、有効に利用するという観点から考えた際、地方の景気を後押ししてくれたらどんなにいいか、という考え方は、了解されやすいものでしょう。
そこからビジネス支援サービスが出てきました。地方での起業を盛んにしたいわけです。
その為に図書館を利用して欲しい、のですね。
本を読むのに利用する図書館から、
様々な調べ物をする図書館へのヴィジョンの移行です。
新しく出来た岡山県立図書館が一番力を入れるところは、
各階各科の広いカウンターに象徴されている。
二三人の職員が常駐して利用者の相談に応じる体制をしっかりとっています。
学生時代からもっぱら借りることで利用していた図書館が、こういう装いになったら、
それなりに使い倒してみようじゃないか、という気持ちになるものです。私の場合…。

一昨年、ウェブ上に現れた聴覚障害者・難聴者を紹介する際に、図書館を利用して肉付けしたのですが、利用してみてその威力に驚かされました。
それから、事あるごとに、レファレンスを利用しています。利用する時間が無くて悔しいくらい。
これは、興味が尽きない。
なんにでも使える。残念ながらどこまでも、とは行きませんが、それでも、これは使いようによってはどんどん未来を拡げられる。

この本の終わり近くになって、菅谷 明子さんの名前が出、思わず膝を叩く。ここでは雑誌記事が紹介されているのですが、今なら無論、
「未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―」
を読まれることをお薦めします。
ニューヨーク公共図書館は公立でもないし、いろいろな意味でハイレベルだから、身の回りの公立図書館と比べるのが無理なのですが、それでも、この本を読むのに十分参考になります。そして、あなたがこれからの新しい図書館を利用する地平を拓いてくれます。
今週の本棚 2007.3.25掲載
カブールの燕たち
ヤスミナ・カドラ著
観光
ラッタウット・ラープチャルーンサップ著
早川書房

川本三郎評

早川書房から創刊された文芸シリーズ「ブック・プラネット」の初回2点で、このシリーズは、これまであまり紹介されることの無かった国々の作品を訳出する意欲的なもの。そこを読んで1960年代から70年代にかけて続々と紹介されだした現代ラテン文学の潮流を思い出す。その中の最も大きなマルケスが、今、装い新たにして復刊されているのを連想させます。このシリーズからもそういうものが出てくるのだろうか?
悲惨な現実に拮抗して書かれる文学の力を、見よ!
という出版であり、評です。


似せてだます 擬態の不思議な世界
藤原晴彦著
化学同人

中村桂子 評

昆虫の擬態については以前から知られていましたが、その世界へ生物学の新しい研究を引っさげて臨んだものです。だましの技法が分子の世界にも及んで見られる件には驚かされました。
言われてみれば当然かもしれないけれど、まだまだ拓けていく自然の驚異の世界の一つです。



ローティ
この人・この3冊 冨田恭彦・選

哲学と自然の鏡
アメリカ 未完のプロジェクト
リベラル・ユートピアという希望

現代アメリカの代表的哲学者。
絶対的真理の幻を追って現実逃避するのではなく、問題解決のため各人が「今ここで」試行錯誤することの重要性を真剣に説く。彼ローティは、徹底した歴史主義者であるとともに、実存主義者でもある。
共に生きたい人との連帯を強調し、思い込みを解いてくれる批判者の重要性を説き、民主主義を堅持しようとする
今われわれは民主主義以上によい制度を見出していないから、それを重視する。民主主義は守られねばならず、守る努力がなければ崩れ去る。社会正義も富の再配分もまたしかり。かくてローティは、相対主義の対極に立つ。

この紹介文は個人的に強い印象を残す。
〉問題解決のため各人が「今ここで」試行錯誤することの重要性を真剣に説く
自分の関心ある問題で、まさしくその通りと強く共感するのです。いつか、鞄の方でそういう事を書きたい。


日本語は天才である
柳瀬 尚紀著
新潮社

池内紀 評

あの「フィネガンズ・ウェイク」の訳者もこういうものを書くのか、と書店で見遣ったものですが、この紹介文を読むとそれはとんでもない見当違いのようです。
この人ならではの日本語論が読めそう。
〉 「ほんとうにすごい翻訳だと思いました。ぼくの翻訳がすごいのではありません。日本語がやってくれた翻訳が、すごいのです。ひょっとして天才じゃなかろうかと思いました。ぼくが、ではありませんよ。日本語が、です」
こういう姿勢、好きだな〜
更に、柳瀬尚紀さんが「日本国最東端の根室」出身であり、その辺境生まれは「フィネガンズ・ウェイク」の作者ジョイスがアイルランド生まれなのに相対する。そうか、他ならぬ柳瀬尚紀さんだからこそ訳せた「フィネガンズ・ウェイク」で、そういう訳者にしか書けない日本語論だろうな、と段々興が載ってきた。いつか、手に取ってみよう。



新ロビンソン物語
ヨアヒム・ハインリヒ カンペ著
鳥影社ロゴス企画

富山太佳夫・評

カンペの『新ロビンソン物語』(一七七九―八〇年)も…原作便乗型改作のひとつであるが、ある時期のヨーロッパでは原作以上に有名であったという。今でも児童文学史上の重要作と認定されている
冒険小説を敬虔なプロテスタント小説に改作してしまう
「人を力ずくで自分の信仰に回心させようとする無分別な熱意は呪われよ。自らの兄弟を迫害し、苦しめる盲目な狂熱は呪われよ……少なくともわが島においてはこういう非人間的行為は決して行わせない」。これが、改作者がロビンソンに語らせた言葉である。その言葉すら未だに実現しきれていない現代という時代の中で読む『新ロビンソン物語』からは、強烈なアイロニーが漂ってくる。

文学の効用の一方向をきわめて有効に伸ばしたもののようで、文学を読む奥行きを十二分に味あわせてくれそうですね。もっとも、それだけの読者としての力量を試されるかもしれませんが…


古事記の起源―新しい古代像をもとめて
工藤 隆 著
中央公論新社

三浦雅士 評

刺激的な本である。今後の日本と世界、少なくとも東アジアの行く末にかかわると言っても大げさではない。
現実の歌垣はそんな(『日本古典文学大辞典』で説明されている)ものではないと著者は言う。何を根拠にといえば、「一九九四年に中国少数民族の無文字の歌文化の調査を開始して以来、数々の現代に“生きている神話”と現代に“生きている歌垣”に出会ったからである」というのだ。
日本民族もまた中国少数民族のひとつに近かったにもかかわらず、幸いにも漢民族の支配すなわち儒教の支配を免れ、恋歌の伝統を必須のものとしたまま国家を形成し、ついには近代化まで成し遂げた
ここ十数年、『古事記』『万葉集』を広く東アジアの視点から眺め直す機運が起こっている。本書はその先端にあり、かつて白川静が、古代中国の甲骨文金文研究の後に、『漢字』『漢字百話』を一般向けの新書として発表した折の衝撃に続くものだ。
二十一世紀を制すといわれる東アジアの全体が、いま新しい視点を提示しつつあるのである。

そうか、そうなのか?と、ただただ、評だけでも圧倒されるものがあります。


久々にまとまって紹介できたのですが、
思いの外、時間と体力が要りました…
今度はいつ出来るかな?
続々と書けるには程遠い状況です。
これを書くより、本をどれでもいいから読むべきではなかろうか、
という内なる声が大きく響きます。
今週の本棚 2007春
備忘録として書きたいと思いながら、
新聞紙が溜まる一方です。
4,5日くらい何もしないでボケーッとしていたら、
書く意欲も書く時間もできるかもしれません。
一つ忘れそうになって慌てた書評をここに書いておきます。

それは、3月18日掲載の、
アレクサンドリア四重奏
を紹介した池澤夏樹さんの評。
新潮選書『世界文学を読みほどく』の著者としての気概を込めたかのような評は、迷っている人に活を入れそう。
そんなに凄いのか?
許容された字数一杯にこの作品を紹介してある評は、
海外文学作品の評として第一級のものです。

これ程の評はそうそうないでしょう。
また、こういう評を書かせる作品もそう無いはず。
時を経て、この作品どう世に評価されるか?
長生きしてみたい。

世界文学の一端に位置するくらいの作品の世評は、
当然時代の相を反映するものです。
ブロンテ姉妹の作品の評の推移が頭にあって、
そう思います。

県図 2007・4・1
日本ラグビー 復活の鼓動
日本ラグビー狂会
2006 双葉社

最近見た社会人ラグビーを振り返り、
以前一所懸命見ていた頃とはどこか変わった印象を受けたので、
ちょっと知りたく、久々にこのシリーズを手にしました。
果たして読めるのか?

図書館はまちの真ん中
静岡市立御幸町図書館の挑戦
竹内比呂也他
2007 勁草書房

TRCデータ部ログ
http://datablog.trc.co.jp/2007/03/13143435.html
で紹介されていてちょっと気になり、
図書館にリクエストしたもの。

フラナリー・オコナー 楽園からの追放
ジュヌヴィエーヴ・ブリザック著
1999 筑摩書房

秘儀と習俗 アメリカの荒野より
フラナリー・オコナー
1982 春秋社

人生の習慣(ハビット)
大江健三郎
1992 岩波書店

上記の三冊は、筑摩書房から、
存在することの習慣 ─フラナリー・オコナー書簡集
フラナリー・オコナー 著
が出ており、それをリクエストしたついでに借りてみたもの。
こういうものが直ぐに落ち着いて読めればこの上ないのだが。

わが悲しき娼婦たちの思い出
G・ガルシア=マルケス
2006 新潮社

読めそうになくとも、現物を見てしまうと、
つい借りてしまう、つらく悲しい性があります。





プロフィール

Author:ききみみずきん
職業は、製本工。
司書の講習も受けました。
趣味は、読書と映画と文章を書くこと等など



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