| 「必修の不履修」は、根が深く広い |
なだいなださんの「ふり返る勇気」を読んでいると、 27 コンプライアンス という文章がある。 読んでいると、今問題になっている事と全く同根ではないか! と思わず立ち上がりそうになった。
本当に、振り返らなくては… 前へ前へと進むばかりの阿呆が多い世の中なんだ…
番組審議会に出たなだいなださんが、 コンプライアンス部を作るって言うけど、なんなのか? と問い質すと、テレビ局の部長は、 「ともすると仕事に夢中になって、法令を無視してしまう社員が出るので、それをチェックし、法令順守を徹底させるのが目的の委員会です」と答えた由。 後の文章ではこうある。 「超一流企業まで、儲けるためには、法令無視が常識化するほど、倫理欠如が進行したのかと、ため息が出た」
今の問題から考えられるのは、 高校生の時から刷り込まれたものじゃないか? という事です。 余りにも繋がりすぎて、怖い? いや、当然過ぎる? どれだけ、ため息が出続けるのでしょう?
他の本に代えましょう(笑)
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| もっと以前の書評が読みたい |
書評というのは、大体が新刊の書評である。 新しく出た本がどんな本か、知りたくて読むものである。 しかし、本も書評も時の評価に絶えうるものであって欲しい。 だから、ちょっと前の書評を読みたくなる。
昔売れて高く評価されたけれど、今となっては誰も読まない本より、 今でも誰かが手にするし、誰かが評価する。 そういうちょっと前の本を読みたいと思うと、 その本が出た頃の書評が読みたくなる。 でも、意外にそういう書評を探すのは難しい。 こつこつと掲載紙を探し見つけるくらいしか方法が無い。 それしかない、という感じ。
今日借りた、 ブラームスと私 ムーサの贈り物 イトウの恋 などは、ちょっと前の書評を読んでいて、 巡り会った本だ。
慌しく流れ去る水面の水をすくうより、 ちょっと深めの水をすくいたいような感じ?(笑) 本当にたくさんの本が出て、うんざりするけれど、 そんな中でも、いい本を探し出したいし、 見つけるというか、出会いたいと思う。 あなたは、最近、ちょっと、いい本に出会えましたか?
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| 県図 2006.10.29 |
テヘランでロリータを読む アーザル・ナフィーシー 2006 白水社
殺しの時間 2006 若島正
ふり返る勇気 なだ いなだ 2006 筑摩書房
音楽と社会 バレンボイム&サイード 2004 みすず書房
エドワード三世 シェイクスピア&河合祥一郎 2004 白水社
ブラームスと私 オイゲーニエ・シューマンほか 2004 音楽之友社
ムーサの贈り物 喜多尾 道冬 2005 音楽之友社
イトウの恋 中島京子 2005 講談社
明け方のホルン 草光 俊雄 2006 みすず書房
本の遠近法 高階秀爾 2006 新書館
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| 市図 2006.10.27&28 |
ピーターラビットのおはなし あひるのジマイマのおはなし まちねずみジョニーのおはなし
2006年10月22日(日)午後4:00〜午後5:00 に再放送された「ピーターラビットとなかまたち」は、 これだろうと思って借りる。 字幕が無かったので… しかし、NHKのHPで確認すると、 「ピーターラビットとベンジャミンバニーのおはなし」 「こねこのトムとあひるのジマイマのおはなし」 「2ひきのわるいねずみとまちねずみジョニーのおはなし」 となっていて、他の話も入っているようです。
さむがりやのサンタ レイモンド・ブリッグズ
2006年10月26日付朝日新聞の「旅する絵本」で、 鈴木杏ちゃんが紹介していた絵本です。 イタリアのヴェローナへ行ったテレビドキュメンタリーは、 見損じました(泣) あの舞台「ロミオとジュリエット」のポスターの横顔、 もおう、ムチャクチャ好きなんです♪
ぼくは勉強ができない 山田詠美 新潮文庫
田口久美子著『書店繁盛記』で紹介しており、 今尚売れ続ける高校ものの定番の由。 一読して、おもしろいものの皮膚感覚合わず…(苦笑)
夏の夜の夢 お気に召すまま シェイクスピア&小田島雄志 白水社Uブックス
「シェイクスピアの驚異の成功物語」を読んでいると、 どうしても読みたくなる。
読売新聞「編集手帳」第十集
肩の凝らない畑違いの文章を読みたいと思ったけれど、 この手のコラムの臭みは免れないものなんですね(笑)
サルトル『むかつき』 ニートという冒険 合田正人 みすず書房 理想の教室
「日本国憲法」 まっとうに議論するために 樋口陽一 みすず書房 理想の教室
途中止めになっているものの議論の前提から問い直す理詰めに魅力を感じ、また、読み始めたくなる。また、無理だろうが…(苦笑)
シェイクスピア伝説 小津次郎 岩波書店
劇場人シェイクルピア 安西徹雄 新潮社
ハムレットは太っていた! 河合祥一郎 白水社
いずれも、『シェイクスピアの驚異の成功物語』が、 継続借りが出来ないための代打です(笑)
10ドルだって大金だ ジャック・リッチー
新着棚で見つけた時、 人を押しのけて掴みに身を乗り出したかもしれない…(爆)
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| いい一文だ |
今週の本棚:若島正・評 『10ドルだって大金だ』=ジャック・リッチー著 ドライなユーモアの職人芸ミステリ 毎日新聞 2006年10月22日 東京朝刊 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20061022ddm015070074000c.html
<結婚して三か月、そろそろ、妻を殺す頃合(ころあい)だ。>
思わず拍手したくなる、書き出しです(笑) タイミングを逸したな…とまで同感はしませんが(爆)
もしかすると、彼の愛読者が今になって増えてきたのは、時代がようやくジャック・リッチーに追いついてきた証拠なのかもしれない
これは、既視感のある文章で、上の文章から受ける感銘には程遠いですが、好きです。
今を生きていたい、という気持ちと一緒に、 この時代を遠く離れて生きてみたいという気持ちもあるからでしょう。
>彼はあくまでも職業的な娯楽小説家であり、ヘミングウェイやカーヴァーみたいに、底知れない虚無や絶望をのぞきこんでしまうような複雑なキャラクターは作らない。
この文章で連想したのは、チェーホフ。 短編を、それはそれは大変多く書いたチェーホフにもこの言葉は当てはまるのではないでしょうか? 加えて文章の展開の仕方の妙があって、 その辺りは、同じ職業の作家達のため息を誘っているようです。
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| 県図 2006.10.22 |
息を聴け 富田篤 新潮社
ピアニストが見たピアニスト 青柳いづみこ 白水社
書店繁盛記 田口久美子 ポプラ社
図書館の秋・雨だれの歌 小林宏
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| 市図 2006.10.22 |
壊れかた指南 筒井康隆
奇跡の自転車 ロン・マクラーティ
先を読む頭脳 羽生善治
座談会昭和文学史三
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| 県図 2006.10.15 新規のみ |
ラブレーで元気になる 理想の教室 荻野 アンナ 2005 みすず書房
西洋哲学史 近代から現代へ 熊野 純彦 2006 岩波書店
夏の力道山 夏石 鈴子 2006 筑摩書房
物語現代経済学 根井雅弘 中央公論新社
頭がよみがえる算数練習帳 竹内薫 2006 筑摩書房
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| 県図 2006.10.8 + 9 |
二重らせん第三の男 モーリス・ウィルキンズ 2005 岩波書店
声の不思議 診察室からのアプローチ 一色信彦 2006 中山書店
モスクワは本のゆりかご レフ・シーロフ 2005 群像社
カフカ『断食芸人』 <わたし>のこと 三原弟平 2005 みすず書房
日米交換船 鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創 2006 新潮社
障害・病いと「ふつう」のはざまで 軽度障害者どっちつかずのジレンマを語る 田垣正晋 2006 明石書店
補聴器の進歩と社会的応用 小寺一興 2006 診断と治療社
古事記物語 福永武彦 1957 岩波書店
霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記 高橋ユキ,多岐川美伎,長谷川雫,加賀美はる子 2006 新潮社
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| 障碍関係 |
「補聴器の進歩と社会的応用」 これは、難しい! 普段の平易な言葉に、誰か訳してくれないだろうか?(笑)
「障害・病いと「ふつう」のはざまで 」 大枠で、難聴は、この問題と大きな関わりがあります。 脱援助を含め、いろいろ新しい視線で、 ものの見方、考え方を教えてもらえそう♪
「声の不思議」 我々難聴者がなかなか聞きとれない人の声。 人工内耳が人の声をどう捕らえているのか、 説明を聞いた時から、 聞き取りにくい、聞き間違えやすい人の声を、よく理解すれば、 それだけ難聴も理解できるかもしれないと思う。 また、難聴を理解してもらう手がかりにもなるだろう。 こちらは、「補聴器の進歩と社会的応用」程難しくは無いものの、 読むのに時間がかかりそう… 時間切れのシグナルが早くも…(爆)
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| 低賃金について |
「ニッケル・アンド・ダイムド アメリカ下流社会の現実」 の紹介が、 毎日新聞 2006年10月8日 東京朝刊 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20061008ddm015070097000c.html に載っています。
イギリス版が、『ハードワーク』。
この少し前に、 伊東光晴さんによる、 『ドイツ病に学べ』熊谷徹著の評が、 毎日新聞 2006年10月1日 東京朝刊 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20061001ddm015070156000c.html にあります。
いずれも、賃金の安さが話題になっている。 私が就業している製造業を顧みて、 この問題は他人事に思えません。 昨年、大きな受注先が撤退しました。 ネットでの公開入札に切り替え、より安い発注先を求める。 しかし、一旦受けたものの辞退するところが続いている由。 これは、もう、国内での製造単価の最低限を示しているものと思われます。 より安価な所を求めるならば、海外・アジア諸国を捜さざるを得ない。
その一方で、これまで、海外から仕入れていたものを、国内で仕入れようという動きもあります。最初は驚きましたが、どうも、海外からのむらが多い粗雑なものより、高価でも一定の品質を求めるものの様。
製造業において、物価は低賃金によって支えられているような印象を持っています。 片や携帯や保険、金融業などサービス産業に向けた多額な出費がなされているのに対し、 片や形あるものの、とにもかくにも安いものへと雪崩れていく出費傾向が強くある。 ものの価格に対する私たちの感覚は果たしてまともでしょうか?
市場第一原理に基づく論説が勢いあるものの、 製造業の中で物を作る者として、 価格のみを殊更に強調した風潮には反感を覚える。 物を作る者の生活環境を、労働環境を考えると、 会社は誰のもののためにあるのか? 働く者の環境が理不尽になっていないか? という側面をもっと重視してもいいのではないかと考えます。 製造におけるイノベーションは確かに大事ではありますが、 どの品にもそういうことが起こるわけではありません。 基本軸をどこにおいて経済を考えるか? この前提をもっと大事にして考えるべきでしょう。
私の身の回りには、 公務員・個人営業者が多く、 私のような民間労働者の立場からの発言は、 一般世論から、抜け落ちた感じを受けます。
当人の自己責任論が幅を利かせ、 仕方が無いという見方が大きい。
しかし、失業率の高さ、破産者の多さ、 これらの問題の一部には、製造業における低賃金も、 いくらかは関与しているものと思う。 少しでもバランスの取れた、 より多くの人が豊かな生活をおくれる暮らし方と共に、 働く環境を見直す必要があるのではないでしょうか?
多くの一人一人が安心して働ける社会を、 今、私は自分を含め、様々な人を思いながら、 切に望みます。
この論説は、誰かにふっかけるものではありません(笑) 幾つかの書評や本を読みながら、 この頃私の気持ちを多く塞いでいる事について、 所感を述べたものです。 素人の浅はかな考えですから至らぬところ多々あり、 読むに耐えなかったら無視して下さい。 最後まで読まれた方に感謝します。
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