ききみみずきんと本と図書館と…
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県図 2006.9
新規の本のみ

戦後の終わり
金子 勝
筑摩書房

人生があなたを待っている 1
ハドン・クルングバーグ・ジュニア

シェイクスピアの驚異の成功物語
スティーヴン・グリーンブラッド

参考になった書評・印象に残った書評
伊東光晴・評
『誰のための会社にするか』=ロナルド・ドーア著
毎日新聞 2006年8月20日 東京朝刊

養老孟司・評
『人生があなたを…』=H・クリングバーグ・ジュニア著
毎日新聞 2006年9月3日 東京朝刊

ご覧のように毎日新聞のものが並んでいます。
この毎日新聞では、
今月から新しい書評サイトを立ち上げました。
題して、
今週の本棚
http://hondana.mainichi.co.jp/
新聞社の学芸とダブりますが、
体裁はまとまって好感が持てます。
後、気になるのが、どれくらいストックしてくれるのか?
新聞社サイト中の学芸では、一月ほどしか残してありません。
ずーっと以前はかなり残してあって重宝していたのですが、
この期間では余りにも短い。
どうかすると、紹介されたのを読み終え、
書評を読み返そうとしたらもう見られない…
今週の本棚、期待して注目しておきましょう。
レイチェル レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯
レイチェル レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯
リンダ・リア 著
2002 東京書籍

この本を読まれる際には、
リアが調査・執筆の過程で発見した、
レイチェルの遺稿を、まとめた、

失われた森
レイチェル・カーソン著
2000 集英社

を、傍らに置かれることをお薦めします。

わが国では「沈黙の春」で有名な、レイチェル・カーソンの伝記です。

「カーソンの生活や仕事に何らかの形で関わりのあった人びとへのインタビュー」と、
レイチェル自身の手紙などの書きもの等から構成されており、
彼女のモノローグと多くの人の話を次々と聞くような読書でした。

ピッツバーグ近郊に生まれ育ったレイチェルは、
母親の愛を一身に受けて育ちました。
母親以外には恵まれない家庭環境であったため、
苦労しながら、勉学に励み、社会へ出て行きます。

作家を志望して進んだ大学で、
メアリー・スコット・スキンカーに出会い、
生物学を志すようになる。

女性が自立して生きていくには、今より遥かに困難な時代ですし、
1907年の生まれで、社会に出ようとする時は、ちょうど大恐慌の頃でした。

自分に出来る限りの事をし、縁あって、
政府機関で科学者として働けられるようになりました。
1936年のことです。
海洋の調査と一般向けパンフレットの作成とが主な仕事です。

この本職が、次第に個人的な執筆活動に通じてゆき、
1941年の「潮風の下で」刊行に至ります。

この出版は成功とは言えませんでしたが、
この失敗を糧に、友人を通して、マリー・ローデルと出会います。
著作権代理業を委任されたマリーは、スキンカーの後を継いで、
レイチェルの一生に大きな役割を果たすことになっていきます。
そして、次に、出版社に勤めるポール・ブルックスに出会います。

「われらをめぐる海」が、1951年に出版され、大成功を収めます。
出版に先立って「ニューヨーカー」誌に掲載されたのは、
科学者としてより、作家として認められた事の表れでしょう。

7月2日の出版後、三週間で、ニューヨークタイムズ・ベストセラーリストの5位になりました。
そして、翌52年4月になってもなお1位を占めるに至るのです。
その間、「潮風の下で」が新装出版され、これは10位に入りました。

この成功により、レイチェルは、
フリーになり、
海辺の別荘を持つことが出来、
そこで、終生の心の支えとなったドロシーと、出会います。

次いで、1955年に刊行された「海辺」は、ベストセラーリストの2,3位まで上がります。
この頃には、1954年春に出版されたリンドバーグ夫人の「海からの贈り物」が、
一年以上全てのリストの1位にとどまっていました。
レイチェルにとっては、「われらをめぐる海」に止まらずこれからも評価される作家として認められたことが、大きかったのです。

1957年、
農務省のヒアリ駆除プログラムをとりまく論争と、
私有地へのDDT空中散布を止めさせようとするロングアイランド訴訟とによって、
レイチェエルは、「沈黙の春」への道を歩き始めます。

多くの資料にあたり、多くの人と出会い、
慎重に、それでいて使命感に燃えながら、書き上げられた、
「沈黙の春」は、1962年9月に刊行されました。

出版に先立ち、レイチェル等がどれほど気を遣ったか、
また、出版後、どれほど多くの分野から、どれほどの攻撃を受けたかは、
この本に譲ります。
まとめては、レイチェルに失礼なほど、出来得る限り、取り組んでいるのですから。
それも、ひたひたと近づく死と闘いながら…。

1964年4月14日に、レイチェル・カーソンは、その生涯を閉じました。

レイチェル・カーソンについて、紹介したいことはまだまだあります。
でも、又の機会にゆずって、最後に一言。

レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を書いて、大きな反響を呼び、
世界はその足取りに注意深くなることが出来ました。
でも、彼女が残した課題は、まだまだこれからのものでもあるのです。
40年近く経っても?と思うのは間違い。
人々は忘れやすく、
レイチェル・カーソンが警告したことは、又、別の顔をして表れてきます。
私たちは、レイチェルの伝えたかったことを、まだまだ、本当に理解しきれていない。

レイチェル・カーソンの主著4冊は、翻訳されて読むことが出来ます。
しかし、彼女が、隈なく注意を払って書き上げた文章は、
この頃の多くの読みやすい文章に慣れた私たちには、読みづらいかもしれません。
是非、ご一緒に頑張って読みましょう。(^o^)丿
読めないけれど、読みたい方は、是非、自らこの伝記をお読みください。
私が紹介したものの他にも、あなたを後押ししてくれるものが見るかるでしょう。

2003.4.16 記



「レイチェル」 補遺

リンダ・リアが10年の歳月をかけ、
生前のレイチェル・カーソンと関わりのあった人たちにインタビューしたり、
エール大学へ寄贈されたレイチェルの未公開の書きものを掘り出したりして、
書き上げたこの伝記の内容は、広範囲で多岐にわたります。
こちらでは、そういう中身の豊富さにスポットを当て紹介します。

レイチェルは、会ったら物静かな方でしょう。
でも、ただのおとなしい人では、ありませんでした。
若い時から、いろいろな人との出会いを大事にし、
自らの人生を、文字通り切り開いているといっていい彼女の行動力も、
ここにはよく表れています。

しかし、そうは言っても強い人だとも言い切れない。
人生のそれぞれの時期に心の支えとした人を必要としていました。

彼女の人間性が、多くの人の証言と資料で、多面的に描かれています。

わが国では、「沈黙の春」で有名なレイチェル・カーソン。
彼女は、5月に生まれ、4月に亡くなりました。
その命日4月15日の翌日に、この伝記を読み終えたのも、なにかの縁と思う。
(「失われた森」では、4月1日になっていますが…)

生まれたピッツバーグ近郊の小高い丘は、自然に恵まれたところでしたが、
アメリカ有数の工業都市として名高いこの街が、早くから周辺の環境を汚染している様を、
レイチェルは見ながら育っています。

自然への愛、文芸への関心を育んだのは、彼女の母親で、
母親にとっては遅くに生まれた3人目の子どもでしたが、
自分の資質に一番近い娘と出会えた喜びいっぱいに、
手を込めて育てます。

子どもの頃、雑誌に投稿をして、採用され、
文筆についての資質に恵まれていたことを、示しています。
文学を志し、大学に進みますが、
家計に恵まれず、苦労しながら、勉学に励むうちに、スキンカーに出会う。

大学で出会ったスキンカーの影響で、
レイチェルの志望は、文学から生物学へと大きく変換する。
想像力を働かして物語を書くのではなく、
事実を科学者の眼で捉えながら、詩情豊かに表現する方向転換!
書くことの広がりに、今更ながら、膝打ちました。(笑)

スキンカーが、教師として優れていた様が、幾度も紹介されているので、
教育を志す方には、この辺り必読です。
優れた資質を持った生徒を預かる教師の責任の大きさをまざまざと感じました。
私も、実は、かって、学校司書を一時ではあっても目指したものです。
背筋を冷や汗が流れました。(^^ゞ

スキンカーの、
仕事をしながら、倦むことなく勉学に励み、
キャリアを高め、収入を増やし、社会的地位を高めていく様は、
レイチェルの前で、女性が自立して生きていく手本ともなっています。
後に「沈黙の春」でいろいろ言われた中に、女性蔑視の発言があって、
時代を感じ、また、レイチェルの応対の見事さにも唸らされました。

時代といえば、
著者は、レイチェルが時代の子でもあった面を、
抜かりなくフォローしながら、いろいろ書いております。
彼女が書くものの内容や、本が読まれた背景等など。

こちら日本では、「沈黙の春」の著者として突出して知られているようですが、
向こうでは、「われらをめぐる海」の著者として有名だったという順序があり、
それで、「沈黙の春」の存在が一層納得されるよう、読み取れます。

海辺の別荘近くにある「失われた森」を、環境保全したかったレイチェル。
彼女の目指したところは、近頃、森林の伐採権の購入という形を取るようにもなっていること、
最近のニュース雑誌で知りました。

このような
レイチェル・カーソンの先見を示している事例には事欠かきません。
彼女の見識は、自然で、根本的で、豊かなものがあるから、
何を見ても、レイチェルを思う、
ということがあっても不思議ではないのでしょう。

根本的といえば、
レイチェルが尊敬する人の中に、
シュバイツアーがいます。
なつかしい名前に出会いました。
この頃、あまり聞きませんが、あなたはご存知?
レイチェルは、彼の言葉を引用したこともあります。
又、「沈黙の春」を刊行したことで、彼から礼状を受け取っていました。

カーソンが本を書いているくだりを読んでいて、
本を書き、世に出す事の有意義さも考えさせられます。

苦心し、思いを込めて、何度も書き直す姿が、目に焼きつくといってもいい位、
そういう描写も多々ありました。

主著4冊以外にも遺著である「センス・オブ・ワンダー」を始め、
多くの未完の著述が残されているのを知り、
無念だったろうな、と思う。

その彼女を取り巻く人たちが、本の誕生に関わっている様子も、印象に残りました。
本の内容がもっといいものになるよう協力する人もいれば、
書かれた本が、もっとも効果的に読まれるよう腐心する代理人や編集者もいる。
後者は、「沈黙の春」の時に、この本への攻撃的な反響に対応すべく、
いろいろ手段を講じます。

晩年、テレビに出演しています。
このテープが残っていれば、いつか、出会えるかもしれません。
テレビ放送は、やはり大きな反響を呼び、効果も大きなものがありました。
でも、これは、彼女が「沈黙の春」を書いたから出来たことで、
どんなにいろいろなメディアが出てきて、技術が発達しても、
書物の持つ特異な持ち味が失せることは無いと、
感じたのも事実です。

これら一つ一つの話を味わっていると、
本の分量も、本を読むのにかかっている時間も、次第に気にならず、
いつまで読んでいたい気にさえなってきます。(笑)

2003.4.23
レイチェル・カーソン生誕100年間近
レイチェル・カーソンさん:生誕から来年100年 豊かさへの問い、なお力
毎日新聞 2006年9月18日 東京朝刊

の記事をウェブで読みました。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20060918ddm016040101000c.html

読みつつ、
レイチェル レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯
リンダ・リア 著
を思い出しました。
これを機会に、この本について書いたものを、
こちらへコピーしておきます。
この頃の私しか知らない方は驚かれるほど、
長〜い文章です(笑)

分量といい、取材といい、彼女の伝記としては、
もうこれ以上のものはなかなか出ないと思われます。
科学の進歩や人々の科学観の変化に応じた、
新しいものは出るでしょうが、
そこまでは生きられそうにない…(笑)

この記事の最後に日本語訳の出ている、
彼女の著作リストがありますが、
いずれも読むのに難渋している者として、
もっと読みやすい日本語訳が出て欲しい、
と痛感しています。
こちらは、もうちょっと頑張って待ってみたい(爆)

宇宙&自然&地球への関心は高まっていますが、
海への関心はまだまだ高まる余地を多く残している、
と「われらをめぐる海」を思い出しながら、感じます。
県図 2006.9.17
エセー 1
モンテスキュー
白水社

パブリッシャー
トム・マシュラー
晶文社

情報の科学と技術
第55巻第11号



なぜ企業不祥事は起こるのか
ローレンス・E・ミッチャル

幻庵因碩打碁集
福井正明
誠文堂新光社
  


情報の科学と技術
第55巻第11号
は、県立図書館の引越しについて書いてある記事が掲載

エセー 1
モンテスキュー
白水社
は、以前に大人の本棚で出ていた
宮下さんの訳に拠るもの。

なぜ企業不祥事は起こるのか
ローレンス・E・ミッチャル
は、
誰のための会社にするか
ロナルド・ドーア
岩波書店
で紹介されていたもの
王子製紙による敵対的TOB直後だけに、
関心は強いものがあります。
自分の仕事を通して、現代を見ていると、
賃金等の圧迫、正社員の減少等を通して、
会社が生き残りを賭けている感が強いものの、
その一方で雇用される側の危うさが心痛む。
こんな状況は仕方が無いのか?
どうやら、そうでもないようです。
一方で派遣社員やニーとの問題、
他方で、敵対的TOB。
どれもが、有機的に絡んでおり、
一人の民間企業就業者として見つめていきたい。

全然囲碁なんか打てる間もないのに、
幻庵因碩打碁集
なんかを手にしたのは、
この幻庵因碩に関心があるからです。
若い頃は知得などに関心を持っていたのですが、
変われば変わるものです(笑)
ちょっと、気が強くなったかな(爆)
気になる新刊
いずれも文藝春秋からの二冊です。
備忘も兼ねての記述で、推薦ではありません(笑)

まず、
『文学全集を立ちあげる』 著:丸谷才一/三浦雅士/鹿島茂
28日刊行のこれは、
今、文学を見直して、全集を編み直すとどうなるか?
これは、日本・世界共々気になります。
私が大学生の頃は、一通り全集が出揃った後で、
その後、新しい文学を紹介する全集が続いていた頃でした。
その頃は、まだまだこれから、読むぞーという感じなので、
それほどラインナップは気にも止めませんでしたが、
今なら、どの作家が選ばれるか、どの作品が取り上げられるか、楽しめそうです。
意外に楽しめたらいいけど、
突飛で退いてしまうのは辛い。
この顔ぶれ、そう酷い事にはならないと思いますが…(笑)


『12番目のカード』 著:ジェフリー・ディーヴァー
発売29日
前二作から読まなくなったシリーズだけれども、
それでも気になる。
なんだかんだと言いながら、
最初の二作品を読んだ後の衝撃は、忘れ難いものがあります。
次々と補正される読書
講談社刊行小冊子「本」2006.9号掲載、
チャンスは、準備された心に降り立つ
福岡伸一著
(生物と無生物のあいだ 7)

昔々(笑)、大学生の頃、「二重らせん」を読んだ事があり、
それっきりになっていた、私のようなものには、
驚くような話が続いていました。
それも、本に絡めて。

「二重らせん」は、ワトソンの著書ですが、
彼にまつわる人の著書が次々と紹介されています。

「二重らせん 第三の男」
ウィルキンズ著

「熱き探求の日々」
フランシス・クリック著

いずれも並べて読まれるべき書物ですが、
世の取り扱いは、大きくワトソンに偏っているようです。

「ワトソンもクリックも、そしてウィルキンも、
自分たちが生命の謎を探求しようと思うに至ったきっかけとして、
ある一冊の書物を挙げている。
物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの手による
“What is Life?”(1944年)である。
邦訳は岩波新書から1951年に「生命とは何か」として刊行され…」

本は次々と連鎖されてあるものですね。
一冊の有名な本を読んで事足れりとする事の恐ろしさを、
如実に語る好例でしょう。
県図 2006.9.9
宮尾登美子全集十巻
朝日新聞社

聴覚障害児の教育
中野善達
福村出版

乱視読者の新冒険
若島正
研究社

双子座ピアニストは二重人格?
青柳いづみこ
音楽之友社

王になろうとした男ジョン・ヒューストン
ジョン・ヒューストン

誰のための会社にするか
ロナルド・ドーア
岩波書店

聴覚障害教育の基本と実際
中野善達
田研出版



ガルブレイス
根井雅弘
丸善

資本論を読む 上
       中
アルチュセール
筑摩書房

可能性に挑んだ聴覚障害者
みみより会編集委員会
文理閣

ガルブレイス 上
リチャード・パーカー


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Author:ききみみずきん
職業は、製本工。
司書の講習も受けました。
趣味は、読書と映画と文章を書くこと等など



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