| 本業と文章 |
白水Uブックスに次の二冊があります。 「気になる部分」岸本佐知子著 「樹の花にて」菊地信義著
翻訳家の文章は、その翻訳振りを連想させる、 軽やかで自由自在な文章で、 装幀家の文章は、一文章の構えに凝った、 印象を受けます。 それぞれの仕事振りの表れか、 その人柄の表れか…、なかなかにおもしろい。
田口俊樹さんの本を読んだ時は、 ローレンス・ブロックを思い起こさせる文で、 驚くやら納得するやら、でした。
本業から自由に離れてというのはなかなか難しいようです。 これが、同じ書くという職業でなければ、 叉、違った風に表れるのかもしれませんね。
|
| 経済学周辺 |
週刊文春最新号の読書欄で、 「株式会社に社会的責任はあるか」 の紹介をしてある。 一方、毎日新聞サイトで、 「誰のための会社にするか」の書評を伊東さんが書かれている。 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20060820ddm015070059000c.html
現実問題の不可解さを解くもう一つの鍵があるような気がしてきます。 日々の暮らしの中で、おかしいと思われる事の源泉を求めるには、 歴史をさかのぼらねばならぬようで、 そもそものところはどこから始まったのか? どうしてそういう展開になってきたのか? 現実がそうなのだから仕方が無いのではなく、 おかしい現実のそもそもを知るために、 歴史を学び、学問をする必要があり、 それは、切実な価値判断の裏づけを伴って行わなければならないんだろうな、 と又しても途中止めになっているケインズやガルブレイスを思い起こしながら感じました。
毎日仕事や所用に追われながら、学問をするって、 殆ど不可能です。 やっておられる方がいらっしゃると、本当に凄い! 頑張ってください♪
|
| 日の名残り |
日の名残り カズオ・イシグロ 1990 中央公論社
これは、類稀なる見事な快作です。 一執事の回顧談に、 歴史や文明観、そして人の生き方、 人の交わり方、それから人生の機微等など、 これでもかと言わんばかりに含ませながら、 けっしてうるさくなく、 静かな哀感を漂わせながら、 時の存在をも見事に表現しています。
文学者は、言葉を用いて、 こういう魔術のような事をする人を指すのだろうな、 と感じ入りました。 時と場所と登場人物とが見事にかみ合った状況を設定し、 言葉の力を頼りに、物語を進める。 それを読む人に次から次へと明確な感情を立ち起こさせ、 曰く言い難い人生の豊穣さを、 様々な感情と共に伝える。 読む事がそのまま、もう一つの人生の時を過ごす、 事となるなんて、至福です。
加えて、読むうちに、 自分の人生を顧みながら、 登場人物に話し掛けたくもなる。 そう、自分の人生を語りたくもなるのです。 時折、読むのを止め、しばらく、 自分のあの時を、様々に思い直します。 再確認する事もあれば、新たに発見する事もありました。
人生は、こんなにも豊かで、切なくて、 一所懸命活きた者には実り多いもの… その実の味は、思うに任せず、筆舌にし難い。 言葉で、そこまで連れて行ってくれる作品は、 あまりありません。
|
| 後書き散策 |
荻内勝之さんの訳で新潮社から最近出た「ドンキホーテ」の4冊本、諦めたわけではありません(笑) ずーっと昔永田さん訳岩波文庫前篇で中断したままになって、気にかかっています。 池内さんの「101冊の図書館」で岩波少年文庫に入ってある牛島さん訳について書かれていました。 この子供向けのダイジェスト版について、牛島さんは、 >とくに「後篇」を重視して(訳者は「後篇」の方がはるかにおもしろく、重要であるとかんがえるので)、これに倍以上のページをさいた と記してある。 こうなりゃ、意地でも全部読み通さにゃなりませんね!
国書刊行会のシーヴス本、最初の全三巻が五巻に増え、更に二巻増える由。どこまで増えるのかしらん?(笑) ウッドハウスの人となりを紹介した訳者あとがきは、如何にも、という好印象♪
「民主主義を旅する」は、トクヴィルのアメリカでの足跡を追ったものですが、同様な試みは、アメリカの上院議員も新聞記者もやっており、尚且つ本を書いている由。 「民主主義の三つの学校」は、フランスを念頭に置きながら書いたトクヴィルに即した著述になっています。 トクヴィルのヴィジュアルフォローは叶っていないものの、ここまで様々なガイドが出ていれば、もう取り組むしかないのでしょうね(汗) 丸山真男さんのノートから作られた本を覗いていれば、小林秀雄の「本居宣長」批判の前に、トクヴィルの名前を添えた叙述がある。本当にさりげなく書き添えてあるので、読むのに大騒ぎしている自分が恥ずかしい。でも、やっぱり、トクヴィルのあの本、読みづらくないですか?(笑)
「101冊の図書館」には、森銑三さんの名が載っていて驚きました。その一つ、佐藤信淵についての話で二度驚かされる。 私が大学生の頃、ちょうど、井原西鶴の真の著作は「好色一代男」だけではないか?という問いを一所懸命にされていた印象があり、これは、学界から相手にされていませんでした。 同じような事が、既に佐藤信淵であったと、今更に知りました。昔、読んでいてそこまで理解が行き届いていなかった…。 いろいろ他のものなどを拾い読みしていると、森鴎外が「あれ(佐藤信淵)は山師だ」と言っていたというのもあって、へぇ〜となる。 森銑三さんの努力が実ってか、佐藤信淵も次第に顧みられなくなる趨勢にあったところ、岩波の「日本思想体系」で再び取り上げられ、またしても、森銑三説は無視された由。 権威に寄りかからず、在野にあって、自力で説を打ち立て、誰にも反論されないというのは、考えさせられます。 その佐藤信淵についての著述について、晩年の森銑三さんは、 著作集の掲載にあたって後ろの方でいいとされた。再録するに足るという自負があるものの、もういいか、という思いがあったのかもしれません。 それよりは、西鶴のほうを大事にしたかったのでしょう。 森銑三さんと反町茂雄さんとの交わりは、心打たれるものがあります。それぞれがお互いの人となりをよく知って、尊重しあっています。
|
| 県図 2006.8.16&20 |
民主主義を旅する 中田豊 1996 清水書院
詩人たちの世紀 西脇順三郎とエズラ・パウンド 新倉俊一 2003 みすず書房
|
| 市図 2006.8.20 |
新海潮音 林望 2000 駿台曜曜社
倒影集 イギリス現代詩抄 加島祥造訳 1993 書肆山田
日の名残り カズオ・イシグロ 1990 中央公論社
ドンキホーテ セルバンテス 1987 岩波書店
でかした、シーヴス! P・G・ウッドハウス 2006 国書刊行会
|
| 巻末解説 |
先に、「ちくま文庫解説傑作集」を知った縁で、 本の巻末解説もしくは評に関心を持っているうちに、 「今さらながら大遺言書」の久世光彦さんの文章で、 斎藤愼爾編の本を知りました。 そして、ここで取り上げられている本のラインナップを見ると、 大村彦次郎さんの本で最近親しい名前がずらりと並んでいる。 おお、これはっ!、という感じで借り出しました。
ある書物の解説なり評を、 誰がどこに書いているのか取りまとめた本が無いか? とベテラン司書に聞いてみましたが、苦笑されました…
評は概ね、出て間無しに読まれるものなので、 司書さんがおっしゃられるように後々取りまとめられるようなことはないでしょう。 でもね、私は、週刊朝日に掲載された書評集の大部の三冊を読み、 昔のでも、時を超え読み継がれる本の評や解説は読みたいと思いました。 いろいろな方の様々な評を読むのは、味わい深いものがあります。 あの人がこの本について書かれている♪ という喜びがあります。
こんな奇特な本を編集された斎藤愼爾さんって、どんな方? 図書館にある何冊かを拾い読みしてみました。 その著書の中に、「読書の迷宮」というのがあり、 これが叉、ご本による書評集(笑)
北村薫さんの「秋の花」を高く評価されています。 その評を読んでいるうちに、北村薫さんに出会って、 このシリーズ、スキップシリーズに嵌った日々を懐かしく思い出しました♪ ああ、あれは、本当に夢中になって次から次へと読んだなぁ〜と感に耐えません。 「秋の花」だけでもちょっと覗いてみようか? と思って図書館で検索してみたら、 書庫に入っているにもかかわらず、どなたかが借りられていました。 残念に思うより、ちょっとうれしくなりました。
|
| 市図 2006.8.15 |
万物の尺度を求めて ケン・オールダー 2006 早川書房
「日本国憲法」 まっとうに議論するために 樋口陽一 2006 みすず書房
永遠の文庫<解説>名作選 斎藤愼爾編 2003 メタローグ
永遠の文庫<解説>傑作選 斎藤愼爾編 2003 メタローグ
|
| 県図 2006.8.15 |
あなたに不利な証拠として ローリー・リン・ドラモンド 2006 早川書房
トクヴィル 民主主義の三つの学校 小山勉 2006 筑摩書房
101冊の図書館 池内紀 1993 丸善
大衆小説・文庫<解説>名作選 斎藤愼爾編 2004 メタローグ
大塚久雄人と学問 石崎津義男著 2006 みすず書房
ココス島奇譚 鶴見良行 1995 みすず書房
ドストエフスキー父殺しの文学(上) 亀山郁夫 2004 日本放送出版協会
増補 本居宣長2 村岡典嗣 2006 平凡社 <東洋文庫748>
現代に生きるケインズ
作者を出せ! デイヴィッド・ロッジ 2004 白水社
柳生武芸帳上 五味康祐代表作集3 1981 新潮社
|
| 県図 2006.7〜8 |
ハリウッド脚本術 ニール・D・ヒックス著 2001 フィルムアート社
文学が好き 荒川洋治 2001 旬報社
アガグック物語 イヴ・デリオー著 2006 彩流社
チェーホフ短編と手紙 山田稔編 2001 みすず書房
唐詩選 (上) 前野直彬注解 2001 岩波書店
随筆 明治文学1 柳田泉著 2005 平凡社
宋詩選注 2
救急救命 第8巻第2号
高齢者生活ガイドブック
|
| 文庫化のタイミング |
9月に新潮文庫で「夜のピクニック」が出ます。 図書館での予約借出しも次第に落ち着いて、 いい頃合かな? と思っていたら、映画と一緒だった(笑)
映画と一緒で思い出すのが、 カポーティの「冷血」。 単行本を積読したままで、 「もう出たか!」 と衝撃を受けた方、多かったかもしれません。 これは、新潮社の担当者、慌てて苦渋の決断をしたのでしょう。
映画化とのめぐり合わせの良し悪しといえばそれまでですが、 ちょっと振り回され過ぎというか、マニュアル通り過ぎの感、 無きにしも非ずですよね。 「冷血」なんか、ドーンと構えていれば良かったのだ。 映画を見てホイホイ買うような作品じゃないでしょう?(笑)
それにしても、映画化権の先買いもすさまじいものがある。 まだ、書かれてない作品もどんどん買っているなんてね〜。
オリジナル映画脚本よ、来たれ!
本のページなのに映画のページみたいな終わり方になってしまった…(笑)
|
| 光文社文庫に注目してみよう |
光文社文庫の新訳シャーロックホームズ全集を訳されている、 日暮雅通さんは、ミステリーマガジン2006年1月号で、 特集シャーロック・ホームズを仕切っていた方。 私とほぼ同世代と言っていいでしょう。 自分の世代による古典訳が世に問われる時が来ていたのだなぁ〜(笑)
この光文社では、9月から、 光文社古典新訳文庫が出る予定。 そのラインナップを見ると、 なんと、亀山郁夫さん訳のドストエフスキーですよっ! 「カラマーゾフの兄弟」です。 気鋭の研究者による訳、思わず両手でガッツ(爆)
他の翻訳者の顔ぶれの中にも、知った名前がちらほら 私の知らない名前も雰囲気から言って多分気鋭?(笑)
というわけで、 暑い夏の向こうに、フレッシュな翻訳本が待っています♪
|
| 市図 2006.8.6 |
文壇挽歌物語 大村彦次郎 2001 筑摩書房
うまい判事、しゃれた犯罪 ヘンリイ・スレッサー 1964 早川書房
ママに捧げる犯罪 ヘンリイ・スレッサー 1964 早川書房
夜のピクニック 恩田陸 2004 新潮社
今さらながら大遺言書 語り 森繁久彌 文 久世光彦 2004 新潮社
冷たい夏、暑い夏 吉村昭 1984 新潮社
<狐>が選んだ入門書 山村修 2006 筑摩書房
田中正造 由井正臣 1984 岩波書店
|
| 文壇栄華物語 |
文壇栄華物語 中間小説とその時代 大村彦次郎著 1998 筑摩書房
新聞書評で著者の名を知り、 「文士のいる風景」を一読し気に入り、 続けて手にした著書です。
戦後の出版界の状況から、 昭和30年頃までの文壇模様を描いたもので、 興味深く読み終えました。
読み出して間もなく、「文士のいる風景」が、 このような著書の上に成り立っており、 話の選択、書きようがよく吟味されている由来が分って、納得しました。
様々な作家を描いた本は、若い頃によく読みました。 正宗白鳥の『文壇人物評論』や『自然主義盛衰史』、 本田秋五の『物語戦後文学史』、 広津和郎の『年月のあしおと』、 尾崎一雄の『あの日この日』等など。 これらの本から、 人の生き方、考え方、そうして世の中のありようなどを随分多く教えられたものです。
それが、今、50代に入って、 こうした類の本を久々に読むと、 才能に迷い、運の無さにくじけながら、 必死に世に出んとする作家の心中が若い頃より、 より身につまされて感じられます。
私が若かった頃、もう押しも押されぬ地位を築いていた作家たちの、 若かりし日々の様子がありありと窺える好著だと思います。
今ではもう余り読まれなくなった、 戦後間もなく話題になった、数々の苦心作を、 著者にとってのターニングポイントになった話題作を、 一つ一つ読んでみたくなりました。
五味康祐の『柳生武芸帳』などは、 人によっては、 吉川英治の「宮本武蔵」より遥かに高い、揺るぎない評価を与えています。
和田芳恵と樋口一葉とがきっても切れない結びつきを持っている事は知っていても、 和田さんの苦労と彼にとっての樋口一葉がどういうものであったかを知るに及んで、 ここには、「結びつき」という言葉では足らない何かがあるのを感じさせられます。
お終いの方、駆け足になっている書き方からも察せられるように、 まだまだ書き継がれるべき事があるようです。 作家一人一人に目を向けて知る事も多いけれど、 『週刊誌風雲録』高橋呉郎著などを併せて読むと、 尚より良く状況が見えて、興の尽きるところがありません。
|
|
|
|