| ニュース |
ジュンパ・ラヒリの新刊が来月に新潮社から出そうです。 「見知らぬ場所」というタイトルの短編集♪
http://www.honya-town.co.jp/hst/HTCatalog?ipr=HB00001128
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| プークが丘の妖精パック |
キプリング 2007 光文社 光文社古典新訳文庫
イギリスの片田舎の春から冬にかけ、小さな兄妹の元へ 妖精パックが、古の人を伴ってやってきます。 そして、今住んでいるところがそのまま、歴史の舞台となり、 活き活きとしたお話が語られます。 そのお話は、歴史物語といっていいでしょう。 実に活き活きと眼前に、その様が思い浮かべられます。
言葉の響きもいいし、お話もダイナミックだし、 この作品のバックグランドが又秀逸だと思われます。 イギリスの歴史や昔の人の気風が描き出されている。
読み終える前から、英語でこれを読むイギリスの幼い少年少女たちがとても羨ましく思えました。
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| チャーリーとの旅 |
ジョン・スタインベック 2007 ポプラ社
竹内真という若い作家による新訳が出たのを機会に読みました。 出だしから、当てが一転二転とかわされて戸惑った前半の読書でしたが、お終い近くになって一気に引き込まれ、読み終えた後は、深い余韻の中に置き去りにされました。 あのスタインベックだからルポルタージュのような紀行文かと思いきや、読み出してみると、老境に差し掛かるも、今なお若き日から引きずって来た旅への憧れ止みがたく、愛犬と共に慎重に出立した旅日記のような印象でした。
新しい世界地図のアメリカ部分をなぞりながら、一緒に読む辺りは、人生経験を活かした分別のある、人との交流が微笑ましく、自分もこういう旅がしたいな、と思わせられます。作家ならではの描写と話の展開が巧いと感じる余裕もあります。 しかし、故郷のサリーナスのところから、一気に様相が変わり、あれよあれよという間に、社会派作家の面目躍如という感じで、人間とアメリカ社会とを鋭く描き出します。
ウム〜ゥ、一筋縄では行かない紀行文…と言っていいのか… 図書館での案内文「いまなお世界中の読者に愛される、旅文学の名作」というには、チョッと眉に唾を…
細やかな描写、鋭い人間性洞察、そして社会をどう見遣るかという姿勢、等で、さすがに「エデンの東」の作者ならではと思わせられるものがありました。
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| 日の名残り |
日の名残り カズオ・イシグロ 1990 中央公論社
これは、類稀なる見事な快作です。 一執事の回顧談に、 歴史や文明観、そして人の生き方、 人の交わり方、それから人生の機微等など、 これでもかと言わんばかりに含ませながら、 けっしてうるさくなく、 静かな哀感を漂わせながら、 時の存在をも見事に表現しています。
文学者は、言葉を用いて、 こういう魔術のような事をする人を指すのだろうな、 と感じ入りました。 時と場所と登場人物とが見事にかみ合った状況を設定し、 言葉の力を頼りに、物語を進める。 それを読む人に次から次へと明確な感情を立ち起こさせ、 曰く言い難い人生の豊穣さを、 様々な感情と共に伝える。 読む事がそのまま、もう一つの人生の時を過ごす、 事となるなんて、至福です。
加えて、読むうちに、 自分の人生を顧みながら、 登場人物に話し掛けたくもなる。 そう、自分の人生を語りたくもなるのです。 時折、読むのを止め、しばらく、 自分のあの時を、様々に思い直します。 再確認する事もあれば、新たに発見する事もありました。
人生は、こんなにも豊かで、切なくて、 一所懸命活きた者には実り多いもの… その実の味は、思うに任せず、筆舌にし難い。 言葉で、そこまで連れて行ってくれる作品は、 あまりありません。
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| わたしを離さないで |
わたしを離さないで カズオ・イシグロ 2006 早川書房
まだ読んでいない方へ
主人公たちは自らの生い立ち・人生をだんだんに知っていく。 はっきりと知るのではなく、どこかで既に知っていたような感じで知っていく。 そういう知り方を読者に共感してもらいたい工夫がされているので、 白紙の状態でこの本を読まれるようお薦めします。
そして、この丹念な筆致は、 読者に対する主人公キャシーへの信頼・感情移入を誘うと共に、 鋭く細やかな人間の心理描写を読者の心へ間違いなく落とし込むためのもの。 時にぶっきらぼうな突き放した書き方で距離を置く事もありますが、 私たちの記憶もそういう風になっているのに合わせてある。 この限りなく迫った人間心理の描写が、後々大きく響き返す仕掛けが構成上されています。
先を急ぐ必要は全くありません。 一つ一つの場面を心の中に沈めながら、ゆっくり丁寧に読んで下さい。
既に読まれた方へ
SF小説でありながら、人間心理の根本について問う作品ですね。 主人公たちはクローン人間で、臓器提供を目的に作られたもので、 提供者か、その介護者になる。 近未来、人間の臓器移植のためにクローン人間が作られるとしたら、 そこに待つものは何か? そのクローン人間には、どこまで人間らしさがあるのか? また、クローン人間にはどう接したらいいのか? そして、こういう未来での人間の在り様は一体どういうものになり得るか?
これらに対する作者の回答と問いかけがされたこの作品は、 そのまま、人が育つ上での様々な心理描写を描いて、 人同士の感情のもつれ、駆け引き、取り返しのつかなさを活写しています。 読みながら、読者は自らの成長過程にあった、人前には出したくないいろいろな心の傷を顧みるでしょう。 そういう心の傷こそが人を人たらしめているのではないでしょうか
また、主人公たちには、親も子どももいません。 それが欠けて尚成り立つこの世界に違和感を持たせぬよう、 ヘールシャムの教師たちがいます。 彼らの一人の目を通して、キャシーが枕を抱き、「わたしを離さないで」という曲を聴く姿を描いています。 これには、読む人も胸をわしづかみにされた感じを受けたのではないでしょうか? そして、この曲に関わる行動が挿話として後に出て、彼らの連帯感を高める。 しかし、この本の最後の方で、誰もがキャシーの元を去っていきます。 この哀切極まりない成り行きと曲想とが相俟って、いよいよ読む人の心にキャシーの切なさを響かせる。
この作品を読み終えた直後、高校生が家族を放火殺人した事件に接しました。 目を覆いたくなる人心の荒廃を目の当たりにし、 思わず、「キャシー、寂しいね」とつぶやきそうになる。 人が人を想う時、親を想う気持ち、子を想う気持ちが、どれほどかけがえのないものか? ポシブルへの想い、ヘールシャムの教師たちが子どもたちを想う気持ち等など。 そこから全てが始まってもいると言えるのではないか? そう、イシグロさんが言いたかったのだ、と確信しました。
この作品からは、まだ、引き出せるものがあるのかもしれません。 でも、私には、ここまででも十分多くのものを受けた作品でした。
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| 読書の呼吸 |
スチュアート・ダイベックの新作「僕はマゼランと旅した」の評を、 辻原登さんが毎日新聞で書いている。 ものすごい絶賛。こんな風に読める人がうらやましい…。 私はこの本も、「シカゴ育ち」も読みかけましたが、 いま一つ呼吸が合わない感じで読み進めない。 極め細やかな描写から立ち上がり、 話が動き出すあたりの展開は見事なものです。 巧いなぁ〜と思う。 でも、引っ張られない…。 著者と読者との呼吸が合った時に、 この作品世界は素晴らしく昇華するのでしょう。 疲れきった、物欲しげな状態にある私のような読者には向かないようです(笑) 今の自分の呼吸にあった本はなかなか無い。 というより、本を読む呼吸をしていない、というのが実情でしょうね。
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