| ドストエフスキー 謎と力 |
ドストエフスキー 謎と力 亀山郁夫 文春新書
光文社古典新訳文庫で、「カラマーゾフの兄弟」を翻訳された著者が、 現時点で到達した最終論考を書いたもので、 この翻訳の解題や、「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」にも記されていないことが、 書かれてあるものだそうです。 著者の最終講義を土台にし、文春編集者ら二人を前に一気に述べたものが、 口述筆記されて出来たもので、 その勢いというか気迫をまざまざと感じさせられながら、 読み終えることが出来ました。 「罪と罰」から「カラマーゾフの兄弟」に至る主だった殆どの長編のあらすじを紹介しつつ、 論旨が展開されているので、 ドストエフスキーの作品をこれからまっさらな状態で読もうと思われる方は決して読まれない方がいいかと思われます。 多くの作品で四苦八苦し、幾度も挫折し、それでいて、大体あらましは知っている私向けだったようです。
読んでいて次のような記述に出くわして、アッと声が出ました。 「わたしは、『悪霊』に登場するスタヴローギンに、現代に生きるすべての人間の原型を見る思いがする。スタヴローギンは、もはや十九世紀ロシアの小説の主人公ではない。わたしたちすべてがミニ・スタヴローギンと化しているのだ」 1960年代から1970年代に書けドストエフスキーに取り掛かって読むということと、 現在2007年にドストエフスキーを読むということとに大きな隔たりがある。 そう教えられたのです。
亀山さんの論考には、これまでの多くの文学論考の遺産が踏まえられており、 ドストエフスキーの作品が何層にわたって読み解かれている様は、 深読みじゃないか?という思いを起こさせることなくどんどん引き付けられました。 読み終え、気が遠くなる。 まさか、こんなに凄いものだとは思わなかった… 策略として思わせぶりに書いて、読み手に解読を預けたドストエフスキー、 彼は、今、墓の中で哄笑しているのでは?
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| 新編戦後翻訳風雲録 |
宮田昇 2007 みすず書房
大人の本棚シリーズの一冊。 大人向けだけあって、苦味・酸っぱさといった口当たりの良くない文章が続々続く。 最初の一節、詩人の辺りを読みながら、読まなきゃ良かったかな…と思いましたが、 人生の実相に触れたい気持ちが勝って読み通せました。
ここで紹介されている翻訳者名は、今尚刊行されている本からも、拾えますが、 親しむとなれば、やはり、私より年配の方々でしょう。 私が高学年の学生になってようよう目にしだした名前ばかりです。 そして、時を隔てて、今にいたって知ることがあり、ところどころ驚かされる。読み終えた今、読んでよかったと思う。
些細なことで言えば、永井淳が、『チャップリン自伝』の中野好夫の下訳をしていた事でも驚いた。 もう少し大きく言えば、角川文庫で出たばかりの『はるかなるわがラスカル』を当時高校生で読んだのですが、この訳者亀山龍樹さんを通して、子供向け本のダイジェスト版についての戦後の動向をあらためて突きつけられる。私は漠然と受け流していたのですが、この流れで埋もれていった訳者のような人が居たことは、是非に後々まで残されて、今後の読書界の糧としてもらいたいと思いました。
他にも、宇野利泰、田中融二、福島正実、松田銑、早川清、桑名一央といった名前が続いております。他にも居ます。 こういう名前辺りに親しんでおられる方には、お勧めします。 翻訳界がそれぞれの時代の色に染まっている様子が窺われますし、 今の翻訳界の隆盛(まだまだなのですが…)の礎を知る事にもなります。 今、自分が翻訳本の恩恵を計り知れなく蒙っているだけに、なおさら、紹介しておかなくては、という思いにさせられました。
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